避難所では、感染性胃腸炎(おなかの感染症)やインフルエンザなどの呼吸器の感染症が広がりやすくなります。厚生労働省も「災害時には、感染症の拡大リスクが高まります。特に避難所では、衛生状態を保つことが大切です」としています。
大勢の人が限られた空間で過ごし、水が自由に使えず、体も心も疲れている。この条件がそろうと、ふだんなら広がらない感染症が一気に広がってしまいます。実際、過去の災害でも、避難所での集団発生はくり返し起きてきました。
とはいえ、完璧な感染対策は被災地では現実的ではありません。この記事では、限られた水と物資のなかで、優先度の高いことから手をつけるという視点で整理します。持病のあるご家族や高齢のご両親と避難されている方にも役立つ内容です。
なぜ避難所では感染症が広がりやすいのですか?
いくつもの要因が重なるためです。
- 人と人の距離が近い:飛沫(せきやくしゃみのしぶき)が届きやすくなります
- 水が使えない:手洗いの回数が減り、トイレや調理場の衛生も保ちにくくなります
- トイレの数が足りない:使用をがまんして水分を控え、体調をくずす方が増えます
- 疲れと睡眠不足:体調をくずしやすくなります
- 持病のある方・高齢の方・乳幼児が同じ空間にいる:重症化しやすい方が近くにいます
つまり、「持ち込まない・広げない・体力を落とさない」の3つが対策の軸になります。
避難所で特に注意したい感染症は何ですか?
厚生労働省は、避難所などの集団生活では感染性胃腸炎などの消化器系の感染症が流行しやすくなるとしています。あわせて注意したいものを整理すると、次のようになります。
おなかの感染症(感染性胃腸炎)
吐き気、嘔吐、下痢、腹痛が主な症状です。ノロウイルスの場合、潜伏期間は24〜48時間で、発熱は軽度とされています。感染力が強く、吐いた物やふん便から人の手を介して二次感染が広がります。
呼吸器の感染症
インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、かぜなど。飛沫や接触で広がります。
肺炎(とくに高齢の方)
口の中が不衛生になることで起こる肺炎に注意が必要です(後述)。
傷からの感染
片づけ作業でのけがや、水にぬれた傷から感染が起こることがあります。
粉じんによる健康被害
感染症ではありませんが、がれきや乾いた泥の粉じんを吸い込む害も見過ごせません。厚生労働省は「じん肺」について根治する方法がないため予防が重要であるとし、使い捨てマスクの着用をすすめています。
断水中でも、手洗いはどうすればよいですか?
手洗いは、優先順位のいちばん上に置いてください。 厚生労働省は、避難所の生活者や支援者に対し、こまめな手洗いの励行を呼びかけています。
水が限られているときの現実的な工夫は次のとおりです。
- ペットボトルの水を少量ずつ流しながら洗う(一気に出さず、ふたに穴をあけると節水できます)
- ウェットティッシュで汚れを落としてから、擦り込み式のアルコール消毒を使う
- 食事の前とトイレのあとは、何をおいても手をきれいにする
ここで大切な注意点があります。厚生労働省は、ノロウイルスについて「消毒用エタノールによる手指消毒は、石けんと流水を用いた手洗いの代用にはなりません」としています。アルコールが効きにくい病原体もあるということです。
だからこそ、汚れを物理的に落とすという発想が重要になります。水が使えるときはしっかり石けんで洗う。使えないときは、まず拭き取ってからアルコールを使う。この順番を意識してください。
せきやくしゃみが出るときは、どうすればよいですか?
厚生労働省は、感染症に「自分がかからない」ように手洗いを、かかっても「他人にうつさない」ために咳エチケットを行うよう呼びかけています。
- マスクを着ける(ない場合は、ハンカチや袖の内側で口と鼻をおおう)
- 手のひらで受け止めない(受け止めた手でドアや配布物にさわると広がります)
- こまめに換気する
- 症状がある人は、可能な範囲で場所を分ける
避難所の運営側に「せきをしている人が増えている」と伝えることも、立派な対策です。早い段階で相談スペースやゾーニングの検討につながります。
トイレと食事では、何に気をつければよいですか?
この2つは、感染症対策の要です。
トイレ
厚生労働省は、使用後に手指を流水・石けんで洗い、消毒を励行するよう示しています。また、内閣府は避難所のトイレについて確保・管理のガイドラインを定めており、トイレの衛生管理は避難所運営の重要事項とされています。
トイレが不便だからと水分を控えるのは危険です。水分不足は脱水や尿路感染症、血栓のリスクにつながります。飲む量は減らさず、トイレの環境改善を運営側に相談してください。
食事
厚生労働省は、調理の前や食事の前の手洗いの励行、食品の適切な温度管理、加熱調理、消費期限の管理を挙げています。
- 配給された食品は早めに食べきる
- 気温が高い時期は、時間がたった食品は思い切って処分する
- 「もったいない」で体調をくずすほうが、結果的に大きな損失になります
下痢や嘔吐した人が出たら、どう片づければよいですか?
片づけ方をまちがえると、そこから一気に広がります。 厚生労働省のノロウイルスに関するQ&Aでは、次のように示されています。
- 使い捨てのガウン、マスク、手袋を着用する
- ウイルスが飛び散らないように、ペーパータオル等で静かに拭き取る
- 拭き取った後の床を、次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度約200ppm)などで浸すように拭き取る
- 拭き取ったペーパータオル等はビニール袋に密閉して捨てる。このとき、袋の中に次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度約1,000ppm)などを入れることが望ましいとされています
- 十分に換気する
とくに大切なのが乾燥させないことです。同Q&Aでは、ノロウイルスは乾燥すると容易に空中に漂い、これが口に入って感染することがあるため、十分な換気が感染防止に重要であるとされています。
避難所では、汚物処理セット(手袋・マスク・ペーパータオル・ビニール袋・塩素系漂白剤)をあらかじめ一式まとめておくと、いざというときに落ち着いて対応できます。
なお、下痢や嘔吐がある方は、脱水にならないよう水分補給を心がけ、周囲に広げないよう手洗いを励行し、速やかに医師の診察を受けることがすすめられています。水分のとり方については、経口補水液とスポーツドリンクの違いの記事もあわせてご覧ください。
高齢の家族の肺炎を防ぐには、何をすればよいですか?
口のケアが、そのまま肺炎の予防になります。
厚生労働省は、被災生活では歯・口・入れ歯の清掃がおろそかになりやすいとし、できるだけ歯みがきを行い、少なくとも少量の水でできるうがいを実施すべきとしています。
水が足りないときは、次のような方法があります。
- 少量の水でのうがいを、食後にこまめに行う
- 歯ブラシがあれば、水なしでもまず磨いてから、ティッシュで拭き取る
- 入れ歯は外して洗い、夜は必ず外す
「命に関わることが山積みなのに、歯みがきどころではない」と感じるかもしれません。ですが高齢の方にとって、口の中の清潔は肺炎の予防に直結します。優先度は決して低くありません。
あわせて、体を動かす機会が減ることによる筋力低下(生活不活発病)にも注意が必要です。厚生労働省は、なるべく自分で行い、可能な作業に参加することをすすめています。
どんなときに受診・相談すればよいですか?
次のような場合は、がまんせずに救護所や医療機関に相談してください。
- 下痢や嘔吐がくり返し、水分がとれない
- 高熱が続く、息苦しさがある
- 高齢の方や乳幼児で、いつもと様子が明らかに違う(反応が鈍い、尿が出ない)
- 傷の周りが赤くはれてきた、痛みが強くなってきた
- 持病の薬が切れて、体調に変化が出ている
「避難所は混乱しているから」と遠慮する必要はありません。早く相談したほうが、結果的に周囲への広がりも防げます。
なお、薬が手元にないときの対応は、災害で薬がなくなったら?処方箋なしで薬を受け取る方法と手順で詳しく解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q. マスクは、どんなときに着けるべきですか?
A. せきやくしゃみなどの症状があるときは、他の人にうつさないために着けてください。また、がれきや乾いた泥の粉じんが舞う場所で作業するときにも、使い捨てマスクの着用がすすめられています。
Q. アルコール消毒だけでは不十分ですか?
A. 病原体によります。厚生労働省は、ノロウイルスについてアルコールによる手指消毒は石けんと流水による手洗いの代用にはならないとしています。水が使えるときは、石けんでの手洗いを優先してください。
Q. 家族が下痢をしています。同じ場所で寝ても大丈夫ですか?
A. 可能であれば、トイレやスペースを分けることをおすすめします。難しい場合でも、タオルの共用は避け、汚れた衣類は分けて扱い、手洗いを徹底してください。避難所の運営スタッフにも早めに伝えてください。
Q. ペットボトルの水しかありません。手洗いに使ってよいですか?
A. 飲み水の確保が最優先ですが、食事前とトイレのあとの手洗いには使う価値があります。少量ずつ流して洗い、足りない分はウェットティッシュとアルコールで補ってください。
Q. 避難所でインフルエンザや新型コロナの流行が始まったら、どうすればよいですか?
A. 症状のある方の把握と場所の調整が必要になるため、まず運営スタッフや保健師に伝えてください。個人でできることは、手洗い・咳エチケット・換気・体調の申告です。
Q. 感染症を防ぐために、備蓄しておくとよいものは何ですか?
A. ウェットティッシュ、アルコール手指消毒剤、使い捨て手袋、マスク、塩素系漂白剤、ペーパータオル、ビニール袋があると、手洗いから汚物処理まで一通り対応できます。口腔ケア用品(歯ブラシ、洗口液)もぜひ加えてください。
Q. トイレをがまんして水分を減らしてもよいですか?
A. おすすめできません。 水分不足は脱水や尿路感染症、血栓のリスクを高めます。厚生労働省も、高齢者は脱水に気付きにくいと注意を促しています。水分は減らさず、トイレ環境の改善を相談してください。
まとめ
- 避難所では感染性胃腸炎などの消化器系の感染症が流行しやすい。「持ち込まない・広げない・体力を落とさない」が対策の軸
- 対策の最優先は手洗い。水が使えないときは、拭き取ってからアルコールを使う。アルコールは万能ではない
- トイレをがまんして水分を控えない。脱水・尿路感染症・血栓のリスクが上がる
- 嘔吐物は手袋・マスクを着け、静かに拭き取り、塩素系で消毒し、乾かさずに換気する
- 高齢の方は口腔ケアが肺炎予防に直結する。少量の水でのうがいだけでも意味がある
ここで挙げた手洗い用品や口腔ケア用品は、避難してからそろえるのが難しいものばかりです。平時のうちに何をどれだけ用意しておけばよいかは、防災リュックに入れる薬と衛生用品リストでご確認ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療の代替となるものではありません。気になる症状がある場合や判断に迷う場合は、必ず医師・薬剤師にご相談ください。
参考文献・出典
- 厚生労働省「災害時における避難所での感染症対策」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00346.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「被災地での健康を守るために」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000122530.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「被災した家屋での感染症対策」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00341.html(参照 2026.7.29)
- 内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」(平成28年4月) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_toilet_guideline.pdf
- 内閣府(防災担当)「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」(平成25年8月、令和6年12月改定) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412kankyokakuho.pdf
- 厚生労働省「令和8年熊本地震について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75017.html(参照 2026.7.29)
あわせて読みたい
執筆・監修
くすりやきゅー(薬剤師/病院・保険薬局で10年以上勤務)
詳しいプロフィールはこちら

