災害で薬がなくなったときは、処方箋が手元になくても、薬局や医療救護所で普段の薬を受け取れる場合があります。大規模な災害では、医師の受診や処方箋の交付が難しい状況を想定した特例的な取り扱いが示されるためです。
地震や豪雨で急いで避難したとき、真っ先に持ち出すのは貴重品や飲み水、着替えでしょう。薬のことまで頭が回らないまま家を出て、翌朝になって「血圧の薬、あと2日分しかない」と気づく。これは災害のたびに、本当に多くの方が経験されていることです。
とくに毎日飲む薬がある方や、そのご家族にとって、薬が切れることは大きな不安だと思います。この記事では、薬が手元にないときにどう動けばよいのかを、順を追って整理します。
今回の地震について
2026年7月に発生した令和8年熊本地震に関する国の対応状況は、厚生労働省の令和8年熊本地震についてのページで随時公表されています。お住まいの地域で実際にどの措置がとられているかは、自治体や薬局の案内もあわせてご確認ください。
災害で薬をなくしたら、処方箋がなくても薬をもらえますか?
受け取れる場合があります。 大規模な災害が起きると、厚生労働省から都道府県などに対して、医薬品の取り扱いに関する事務連絡が出されることがあります。
そこでは、医薬品医療機器等法(薬機法)第49条でいう「正当な理由」にあたる場合として、次のようなケースが示されています。
- 医師等の受診が困難な場合
- 医師等からの処方箋の交付が困難な場合
こうした場合には、薬剤師が患者さんに必要な処方箋医薬品を販売・授与することが可能とされています(令和8年熊本地震に関する事務連絡は令和8年7月29日付で発出されています)。
ただし、いくつか知っておいていただきたい前提があります。
薬剤師が「何を飲んでいるか」を確認できることが前提です。 事務連絡では、薬剤服用歴やお薬手帳、マイナンバーカード等によって服薬情報の確認に努めることとされています。つまり、手がかりが何もない状態では、薬剤師も判断ができません。
「どんな薬でも、いくらでも」ではありません。 渡される日数は、次に受診できるまでのつなぎとして必要な範囲にとどめられるのが一般的です。また、後日あらためて医師の確認が必要になります。
すべての薬局で同じ対応ができるとは限りません。 薬局自体が被災していたり、在庫がなかったりすることもあります。1軒で断られても、あきらめずに次を当たってください。
薬局に行くとき、何を持っていけばよいですか?
薬の内容がわかるものがあるほど、話は早く進みます。次のうち、あるものだけで構いません。すべて揃える必要はありません。
- お薬手帳(紙/アプリ)
- お薬手帳アプリの画面(圏外でも、以前に表示した画面のスクリーンショットが残っていることがあります)
- 薬の袋、説明書(薬剤情報提供書)
- 薬のシート(PTPシート)や空き箱
- マイナンバーカード
- お薬の名前を書いたメモ
紙のお薬手帳は、災害時にとても強い味方になります。電源も電波もいらず、渡せばそのまま伝わるからです。ふだんの通院でお薬手帳を活用する意味については、お薬手帳のメリットの記事でも詳しく解説しています。
お薬手帳も薬も手元にないときは、どうすればよいですか?
手がかりが何もなくても、あきらめずに薬局や救護所で相談してください。伝えられる情報が多いほど、薬剤師が薬を特定できる可能性が上がります。
窓口では、次のようなことを思い出せる範囲で伝えてください。
- どんな病気で飲んでいるか(血圧、糖尿病、心臓、てんかん など)
- 1日に何回、何錠飲んでいるか(朝だけ、朝晩、寝る前 など)
- 薬の色や形、大きさ(白い小さな錠剤、カプセル、粉 など)
- かかっている医療機関名、いつも行く薬局名
- いつから飲んでいるか
また、災害時には、オンライン資格確認システムの「災害時医療情報閲覧機能(災害時モード)」が使えるようになることがあります。これは、被災してマイナンバーカードを持っていない場合でも、氏名・生年月日・性別・住所などを窓口で伝えることで、ご本人の同意のもとに薬剤情報などを確認できるしくみです。
つまり、カードがなくても薬の履歴をたどれる可能性があります。窓口で「薬の記録から調べてもらえませんか」と一言たずねてみてください。
保険証がなくても、受診や薬の受け取りはできますか?
できます。 厚生労働省は、被災により保険証を紛失した方や自宅に残して避難した方について、次の事項を医療機関等に伝えれば保険医療を受けられるとしています。
- 氏名
- 生年月日
- 連絡先(電話番号等)
- 加入している医療保険者がわかる情報
- 被用者保険の方:事業所名
- 国民健康保険の方:住所および組合名
- 後期高齢者医療制度の方:住所
マイナ保険証や資格確認書が手元になくても、この4点を伝えれば受診できます。「保険証がないから病院に行けない」と我慢してしまうのが、いちばん避けたい事態です。
窓口でのお金の負担についても、被災の程度に応じて猶予や減免の措置がとられることがあります。過去の災害では、住まいが全半壊した場合や、主たる生計維持者が亡くなった・行方不明である場合、失職して収入がない場合などに、窓口での支払いが猶予される取り扱いが行われてきました。適用される条件や期間は災害ごとに異なるため、実際の取り扱いは受診する医療機関や加入先の保険者にご確認ください。
どこに行けば薬を受け取れますか?
被災直後は、次のような場所が窓口になります。
- 営業している薬局:被災地でも、多くの薬局が早期の再開を目指して動いています
- 避難所の医療救護所:医師・薬剤師が交代で入っていることがあります
- 保健医療福祉調整本部などの案内:地域全体の医療の窓口がどこにあるかを教えてもらえます
- モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両):薬局機能を積んだ車両が被災地に入ることがあります
近年は、都道府県が災害薬事コーディネーターを任命し、地域の薬に関する調整を行う体制も整えられてきています。どこに行けばよいかわからないときは、避難所の運営スタッフや保健師さんに「持病の薬が切れそうだ」と伝えてください。取り次いでもらえます。
特に切らしてはいけない薬はありますか?
自己判断で急にやめると、症状が悪化するおそれのある薬があります。代表的なものとして、次のような薬が挙げられます(ここでは薬の種類として一般的な呼び方で示しています)。
- 血圧を下げる薬
- 血液を固まりにくくする薬
- 糖尿病の薬、インスリン
- てんかんの薬
- こころの不調に使う薬、睡眠の薬
- ステロイドの飲み薬
- ぜんそく・COPDの吸入薬
- 甲状腺の薬
- 移植後や免疫の病気で使う薬
これらは「数日くらい飲まなくても大丈夫だろう」と自己判断で中断すると、血圧の急上昇や発作、体調の急変につながることがあります。残りが少なくなってきた時点で、早めに相談することが大切です。 「なくなってから」ではなく「あと3日分になったら動く」と考えておくと安心です。
なお、どの薬をどう扱うべきかは、その方の病状によって大きく異なります。必ず医師・薬剤師にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q. お薬手帳アプリは、圏外でも見られますか?
A. アプリによって異なります。通信がないと表示できないものもあるため、ふだんから薬の一覧画面をスクリーンショットで保存しておくと確実です。画像は端末に残るので、圏外でも見返せます。
Q. 家族の分の薬を、代わりに受け取れますか?
A. 受け取れる場合があります。ご本人が避難所から動けないときなどは、ご本人の状況と薬の内容がわかるもの(お薬手帳や薬の袋など)を持って相談してください。その方の状態について薬剤師から質問されることがあります。
Q. 市販薬で代用できますか?
A. 持病の治療薬を市販薬で置き換えることは、原則としてできません。一方で、消毒やかぜ、胃腸の不調といった症状には市販薬が役立つ場面もあります。自己判断で置き換えず、薬剤師にご相談ください。
Q. 避難先が県外でも、薬を受け取れますか?
A. 受け取れます。被災された方が県外に避難した場合の取り扱いも示されるのが通例です。避難先の薬局や医療機関で、被災して避難してきたことを伝えてください。
Q. 残っている薬が少ないとき、何日分もらえますか?
A. 状況によります。次に受診できるまでのつなぎとして必要な日数が目安となり、まとめて長期分が出るとは限りません。受け取れた分がなくなる前に、次の受診先を確保しておくことが大切です。
Q. 冷蔵庫に入れる薬が使えなくなりました。どうすればよいですか?
A. インスリンなど冷所で保存する薬は、停電下では扱いに注意が必要です。見た目に変化がある場合は使わず、薬剤師や医療救護所に相談してください。停電・断水時の薬の管理については、別の記事であらためて詳しく解説します。
Q. ふだんから何を備えておけばよいですか?
A. 最低限、お薬手帳(またはそのコピー・スクリーンショット)と、数日分の予備の薬を防災用の持ち出し袋に入れておくことをおすすめします。薬の予備をどれだけ持てるかは処方の状況によるため、かかりつけの薬局で相談してみてください。
まとめ
- 災害時は、処方箋がなくても薬を受け取れる場合がある。医師の受診や処方箋の交付が困難な場合が対象で、薬剤師が服薬内容を確認できることが前提
- 薬局に行くときは、お薬手帳・薬の袋・PTPシート・マイナンバーカードなど、あるものだけ持っていけばよい
- 手がかりが何もなくても、病名・飲む回数・薬の色や形・かかりつけを伝えれば特定できることがある
- 保険証がなくても受診できる。氏名・生年月日・連絡先・保険者がわかる情報の4点を伝える
- 血圧、血液を固まりにくくする薬、糖尿病、てんかんなどの薬は自己判断で中断しない。残り3日分を目安に早めに動く
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療の代替となるものではありません。気になる症状がある場合や判断に迷う場合は、必ず医師・薬剤師にご相談ください。
参考文献・出典
- 厚生労働省「令和8年熊本地震について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75017.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「薬局・薬剤師の災害対応」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/saigai.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省医薬局総務課ほか「令和8年熊本地震による災害に伴う医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等に係る取扱いについて」(令和8年7月29日付け事務連絡) https://www.mhlw.go.jp/content/001729945.pdf
- 厚生労働省医薬局総務課ほか「令和6年能登半島地震による災害に伴う医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等に係る取扱いについて」(令和6年1月2日付け事務連絡) https://www.mhlw.go.jp/content/001214372.pdf
- 厚生労働省「オンライン資格確認等システムの『災害時医療情報閲覧機能』(災害時モード)について」 https://www.mhlw.go.jp/content/10200000/001187225.pdf
- 厚生労働省「熊本地震で被災された皆様の医療機関等での受診の際のご負担が猶予されます」(平成28年熊本地震) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000122592.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「保険証がなくても医療機関等を受診できます」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06756.html(参照 2026.7.29)
- 厚生労働省「薬剤師のための災害対策マニュアル(改訂版)」(令和6年3月) https://www.mhlw.go.jp/content/001438348.pdf
- 厚生労働省「災害薬事コーディネーター活動要領」について(令和7年3月10日医薬総発0310第2号) https://www.mhlw.go.jp/content/001438343.pdf
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執筆・監修
くすりやきゅー(薬剤師/病院・保険薬局で10年以上勤務)
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